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【『魔術的ルネサンス ― エリザベス朝のオカルト哲学』】
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フランセス・イエイツ
『魔術的ルネサンス
― エリザベス朝のオカルト哲学』
内藤健二 訳
晶文社
1984年6月15日 初版
1986年7月20日 2刷
334p 索引xii 図版(モノクロ)16p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,300円
ブックデザイン: 平野甲賀
カヴァー説明: 晩年のエリザベス女王の寓意画。1600年頃。
Frances A. Yates: The Occult Philosophy in the Elizabethan Age, 1979
イエイツ 魔術的ルネッサンス 01
帯文:
「魔術
ルネサンス最大の謎に挑む
フランセス・イエイツ最後の著」
カバーそで文:
「西暦1492年、スペイン全土からのユダヤ教徒の追放に、それははじまった。彼らの伝承してきた聖書解読の秘法カバラが全欧州を席捲し、ルネサンスの一大潮流となった。
エリザベス朝のイギリスを舞台に、啓蒙主義的ルネサンスによって駆逐され、歴史の表舞台から沈められてしまった、ルネサンスの魔術的なるものを解明する。」
「フランセス・イエイツ ルネサンス研究で知られるイギリスの女流歴史家。1899年、ポーツマスに生まれる。1944年、当時ナチスドイツを逃れロンドンに移っていたワールブルグ研究所の所員となり、パノフスキーらの図像学的研究に触れたことが、彼女の大きな転機となる。1981年没。本書が最後の著作となった。主著『記憶術』『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義的伝統』ほか。」
目次:
はしがき
序論
第一部 ルネサンスと宗教改革とにおけるオカルト哲学
第一章 中世のキリスト教カバラ
――ライムンドゥス・ルルスの術
第二章 イタリアのルネサンスにおけるオカルト哲学
――ピコ・デッラ・ミランドーラ
第三章 宗教改革におけるオカルト哲学
――ヨハネス・ロイヒリン
第四章 ベネチアのカバラ主義的托鉢修道士
――フランチェスコ・ジョルジ
第五章 オカルト哲学と魔術
――ハインリクス・コルネリウス・アグリッパ
第六章 オカルト哲学と黒胆汁(メランコリー)
――デューラーとアグリッパ
第七章 オカルト哲学に対する反動
――魔女熱
第二部 エリザベス朝のオカルト哲学
序論
第八章 ジョン・ディー
――キリスト教カバラ主義者
第九章 スペンサーの新プラトン主義とオカルト哲学
――ジョン・ディーと『妖精女王』
第十章 エリザベス朝英国とユダヤ教徒
第十一章 反動
――魔術師、帝国主義者およびユダヤ教徒に対するマーロウ
第十二章 シェイクスピアとキリスト教カバラ
――フランチェスコ・ジョルジと『ベニスの商人』
第十三章 アグリッパとエリザベス朝メランコリー
――ジョージ・チャップマンの『夜の影』
第十四章 シェイクスピアの妖精、魔女、メランコリー
――リア王と悪魔
第十五章 プロスペロー
――シェイクスピア的魔術師
第三部 オカルト哲学とばら十字主義と清教主義――ユダヤ教徒の英国への帰還
序論
第十六章 キリスト教カバラとばら十字主義
第十七章 オカルト哲学と清教主義
――ジョン・ミルトン
第十八章 ユダヤ教徒の英国への帰還
エピローグ
原注
訳注
訳者あとがき
索引
イエイツ 魔術的ルネッサンス 02
◆本書より◆
「カタロニアの哲学者で神秘主義者ライムンドゥス・ルルス(一二三二―約一三一六年)が存命中、イベリア半島は三つの宗教的哲学的伝統の本拠地であった。支配的なのはキリスト教でありカトリック教会であったが、国のかなりの部分はいまだにイスラム教徒のアラブ人の支配下にあり、中世のユダヤ教徒の最強の中心地があったのはスペインであった。ライムンドゥス・ルルスの世界では、スペインのイスラム教徒の輝かしい文化が神秘主義、哲学、芸術、科学と共に手近にあった。スペインのユダヤ教徒達は、彼らの哲学、科学、医学そして彼らの神秘主義、すなわちカバラを強烈に発展させて来ていた。カトリック教徒のルルスには、三つの宗教伝統すべてが共通に持つ原理に基づく一つの「術」が、三者を共通な哲学的、科学的、神秘主義的基盤の上で結びつけるのに役立つであろうという寛大な考えが浮かんだ。」
「ルルスが三つの宗教的伝統すべてに受け入れられる彼の「術」の基礎とした宗教原理は、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が神の名称または属性に与えた重要性であった。」
「信仰心のあるイスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒はみな、神は善で、偉大で、能力があり、英知があるなどということに同意するであろう。神のこれらの敬称または名称が、元素理論と結びついて、ルルスに、被造物のあらゆる段階で効力があるくらい確実である、「術」の普遍的で科学的な基盤であると彼が信じたものを与えた。そのうえ(中略)その「術」はキリスト教の三位一体説の真理をイスラム教徒に証明できる「術」であった。」
「ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドーラ(一四六三―九四年)は、もう一人の有名な哲学者マルシリオ・フィチノを含むフィレンツェのメディチ家を中心とする輝かしいサークルに属していた。フィチノとピコは、ルネサンス新プラトン主義として大まかに知られている運動の創始者と拡大者とであった。」
「マルシリオ・フィチノは、彼の新プラトン主義的神学、哲学、魔術においてカバラもカバラ的方法も用いない。カバラをルネサンスの綜合に導入したのはピコであった。そしてライムンドゥス・ルルスのように、ピコがカバラを尊重したのはキリスト教徒としてであった。彼は、ヘブライ語の流布本や教えが、大いに古く神聖なヘブライ神秘主義の流れを開示することによって、キリスト教に対する理解を深めることができると信じた。それ以上にピコは、カバラはキリスト教の真理を確定することができると信じた。こういう信念においてピコに続くキリスト教カバラ主義者の流派は多く、ピコ・デッラ・ミランドーラをキリスト教カバラの創始者または最初で最大の解説者であると皆考えた。」
「カバラはキリスト教の真理を確証するという論(中略)とは、Jesus〔イエスス〕という名前はヤハウェ〔YHWH〕というみだりに口にすべきではない神の名前であるヘブライ語の四文字、すなわちテトラグラマトンの中間に罪(sin)を表わすSを挿入したものだというのだ。」
「ヘブライ語アルファベットを丹念に操作することに基づくこの論法は、この種の研究をする熟練者には驚くほど説得力があると思われ、多くのユダヤ教徒がそのせいで改宗させられた。」
「ヨハネス・ロイヒリン(一四五五―一五二二年)は、(中略)ラテン、ギリシャそしてヘブライの学問に同様に通じたドイツ・ルネサンスの最大の学者の一人であった。」
「『カバラの術について』は非ユダヤ教徒によるカバラについての最初の十全な論文である。(中略)それはヘブライ語の文字操作や他の主なカバラの理論や技術の検討を含む、カバラの理論と実際についての、ユダヤ教徒の伝統の外にいるヨーロッパの学者に入手出来るそれまでに最も充実した解明であった。(中略)『カバラの術について』はキリスト教カバラ主義者のバイブルになっていった。」
「ベネチアのフランチェスコ・ジョルジまたはツォルツィ(一四六六―一五四〇年)(中略)のカバラ主義は、主としてピコに負うものではあるが、ヘブライ語研究の新しい波によっても豊富にされ、有名なユダヤ教徒居住区のあるベネチアはそういうヘブライ語研究の中心地であった。ジョルジの見解は、フィチノとピコのそれに比較すると、フランシスコ会士としての訓練のせいで、キリスト教的の度合がより強烈であった。」
「ジョルジの著作は、(中略)エリザベス朝ルネサンスの基礎をなす強力な影響力を持つものだった。
『世界の調和について』はフランスのルネサンスにおいても強力な影響力を持った。」
「超天界の世界は天使の世界である。(中略)これらの最高のものの影響力は星を通じて注ぐのであるが、星という時にジョルジは七つの惑星と黄道十二宮とを意味した。(中略)彼の体系では、ルルスとピコにあってそうであるように、天の影響はすべて善であり、影響を悪または不幸にするかも知れないのは影響の悪い受け取り方に過ぎない。それ故この体系には自由意志がある。星を悪用ではなく善用する自由意志が。惑星は天使の階級とセフィロトに結びついている。故に惑星の影響はキリスト教の天使とカバラのセフィロトとによって浄化され人間に降り注ぐ。すべては平等に善なのであるが、天使の階級の秩序に対応するように重要さの段階がつけられている。
故に悪いとか不幸な惑星はない。それどころか、普通の占星術の理論では不幸で悪いとされる土星が最高位を占める。宇宙秩序の中で最も外側で最も高い惑星であるから、神的な存在の源に最も近く、それ故に最も高尚な想念に結びつけて考えられる。「土星の下に生まれた人」は伝統的占星術による惨めな不幸な人物ではなくて、最高の真理を探究し観照する霊感を受けた学者である。」
「新しい方向に動いてはいたものの、ジョルジのキリスト教カバラの中には、既にピコにおいて含意されていないものは実は何もない。彼が数を目指して体系を熱心に発展させたのは、ロイヒリンの継続である。キリスト教に付随し、キリスト教を解釈する「強力な」哲学を獲得しようという努力は始めからキリスト教カバラの努力であった。ジョルジにあって顕著なことは、フランシスコ会的気質をカバラ主義的キリスト教的秘教性に向けて強烈に深めたことである。ジョルジには、とりわけ詩才があり、このせいで彼の複雑な説の説明には抒情的な性質がある。ジョルジは詩人に人気のあるキリスト教カバラ主義者であった。」
「ハインリクス・コルネリウス・アグリッパ(一四八六―一五三五年)(中略)の場合には、彼の『オカルト哲学について』は現在ルネサンス魔術とカバラの不可欠の手引き書と見られて、フィチノの自然的魔術とピコのカバラ主義的魔術とを結びつけ、一つの便利な集大成となり、そういうものとして、魔術的核を持ったルネサンス新プラトン主義の伝播において大変重要な役割を演じた。」
「キリスト教カバラはオカルト哲学に支えられて一種の福音主義へと通じている。エラスムス的福音主義と彼が信じるものを、魔術的に力を持った哲学に結びつけようとする彼の試みは、アグリッパを奇妙で興味深い改革者にしている。」
「アグリッパの考えるカバラの働きは、最高の「超天空的」魔術を提供することだけではなくて、行為者に対してすべての段階で悪霊からの安全を保証することである。悪霊に対する恐れはフィチノにつきまとったが、カバラがそれを取除く。」
「デューラーとアグリッパの関係はどうなのであろうか。(中略)レイモンド・クリバンスキー、エルヴィン・パノフスキー、フリッツ・ザクスルは、(中略)『メレンコリアI』(一五一四年)はアグリッパの『オカルト哲学について』の中の一節に基いていることを証明している。」
「パノフスキーはデューラーの画像を、創造的芸術家の苦悩と挫折感を表現する近代的な、ひょっとすると十九世紀的な方向に動かそうとしている。(中略)もしデューラーがアグリッパの影響を受けているとしたら、きっと関心を持ったに違いない「オカルト哲学」の見解を考慮しない、(中略)ローマン主義的解釈に私は敢て異論を持つ。」
「私は、アグリッパのオカルト哲学に沿うような、デューラーの版画の解釈の一つの試みの始めとして次のようなことを言いたい。
前章においては、アグリッパの『オカルト哲学について』においてカバラが演じた役割が、天使の階級と宗教的玄義というような超天空的世界においてのみならず、三つの世界のいずれにおいても安全を保証するものとして強調された。つまり当該魔術は悪しき力よりの防護を保証する、善で天使的力によって導かれる白い魔術であると。(中略)デューラーの描く、天使の翼を持ったメランコリーは魔術とカバラのアグリッパ的結合をまさしく表現するのかも知れない。土星をそれとなく指すものや土星的仕事に囲まれていて、彼女は惑星の中の最高位のものの霊感を与える影響を魔術によって喚起しており、害悪からは土星の天使によって守られている。天使の天使的性質は天使の翼だけではなくて、建物の頂上ではなくて一般的に空を目指して行く梯子、天使が昇降するヤコブの梯子が後にあることによっても暗示される。
デューラーの描くメランコリーは憂うつで不活発な状態にはない。彼女は強烈な恍惚状態でヴィジョンを見ている。この状態は天使の導きによって悪霊の介入よりは守られている。彼女は強力な星=霊としての土星の影響を受けているだけでなく、「時」の翼のような翼を持った霊である土星の天使によっても影響を受けている。
飢えた犬は意味を解く重要な鍵である。この犬は、(中略)霊感の第一段階で厳しく抑えられている肉体の五感を表現すると私は信じる。この段階では不活発は挫折ではなくて強烈な内的なヴィジョンを表わす。この土星的黒胆汁質の人物は五感に別れを告げてしまい、恍惚としてヴィジョンを見、世界のかなたに飛んでいるのだ。」
「本書の第一部で概観したルネサンスにおけるオカルト哲学の歴史を研究した後で、諸テーマをディー(引用者注: ジョン・ディー、一五二七―一六〇八年)の生活と作品の中に辿って行くならば、ディーを真に歴史的な文脈の中で見るようになるかも知れない。彼は、ルネサンスのオカルト哲学を科学的方向に展開させ、この哲学の宗教的で改革派的側面に関係しながら、十六世紀後期の反動から逃げ切れなかった真に後期ルネサンス人であると思われる。
エリザベス朝ルネサンスの時期は遅かったことを忘れないことが重要である。それは、大陸ではルネサンス新プラトン主義に関係するオカルト主義に対する反動が、ルネサンス新プラトン主義を制限するような態度を採ろうとする反宗教改革的努力の一部として強烈になりつつある時に、栄え始める。」
「スペンサーが妖精の女王についての魔術的な詩と彼女を讃える新プラトン主義的讃歌を公刊した一五九〇年代には、大陸における反動は盛んであった。エリザベス朝の哲学者ディーとエリザベス朝叙事詩人スペンサーの「新プラトン主義」は二人に、カトリック的反動がイエズス会の強力な援助を受けて根絶しようとしていたオカルト哲学の信奉者という刻印を押した。スペンサーの新プラトン主義は、ディー的見解とディー的愛国的オカルト主義を詩的な形式で表現した、ヘルメス主義的カバラ主義的な種類のものである。」
「マーロウの『フォースタス博士』は先に述べた反動に属し、魔女騒ぎとアグリッパ攻撃の雰囲気に属するものとして見られる。『フォースタス博士』でのオカルト哲学攻撃と『マルタ島のユダヤ教徒』の反ユダヤ主義とは結びつく。チャップマンの『夜の影』は、それとは反対にオカルト哲学を、そして含意的にはディーとスペンサーの見解を、土星の影響によるメランコリーを精密に説明することによって、弁護する。」
「『ベニスの商人』はキリスト教カバラによるユダヤ人の改宗という当時の問題に言及し、ベネチアのカバラ主義的托鉢修道士フランチェスコ・ジョルジによる普遍的調和についての作品を反映するものと信じられる。ハムレットのメランコリーは予言的ヴィジョンを持つ霊感によるメランコリーである。オカルト的なもの、亡霊、魔女、妖精に対するシェイクスピアの関心は、学問的なオカルト哲学とその宗教上の含意とに対する深い共感のみならず民衆的伝統に由来するものと理解される。
ディーの第三期、彼の不遇と貧困の時期に書かれた『リア王』は、「ブリトン族王制」の利益のために生涯を捧げたのに充分に報われず、年をとり打ちのめされた人間としてのディー自身を反映し、彼のオカルト主義はトム・オ・ベドラムが悪魔にとりつかれていると称することで言及されていると考えられる。
ディーの死後、(中略)『大嵐』の中で、ディーのことは、霊を呼び出すことは反動の宣伝が行なう恐ろしい批難の口実であった時に、善い魔術師を表現するこの極めて大胆な劇の中でプロスペローを通じて、ほのめかされている。」
「ディーは、魔女騒ぎの際に彼に貼られたレッテルに従って「妖術師」だとして安易に片づけることはできない人物である。学殖と、愛国心と、キリスト教カバラに結びついた洞察力とにより、あの素晴らしい世界を魅するような、エリザベス朝きっての魅力的人物の一人であったに違いない。」
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