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【記紀神話に おける二神創世の形態pp.20 厳 紹 璗】
二神による営みについての
中華系からする
中国と日本の神話比較研究。pp.20
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適宜、こちらで行替え。
——————————–
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/CB/0007/CB00070L001.pdf
『中国言語文化研究』第 7 号
記紀神話における二神創世の形態 厳 紹 璗
〈編集委員会付記〉
厳紹璗 先生(北京大学教授)は、東アジアにおける
文 学 •文 化 の 関 係 を 専 門 と さ れ る 。本論文 は 、
19 89年、本学に客員教授として来学されたときの
講演に基づく。未発表であったものを、このたび先
生から掲載の許可とともに日本語原稿を送ってい
ただいた。先生のご厚意に感謝します。
神話というと、とても神秘的な感じがするでしょう。確かに、神話とい
うのは、人類の初めの文学芸術の一つとして、人類文化の最初の光と言
えます。一般的にいって、ある民族における文化の特徴は、しばしばその
民族の神話の源に求められます。だから、神話は、独特な魅力で研究者を
強く引きつけるのです。
日本の「記紀神話」は、一方で、日本民族における豊かな美意識を表し
ながら、一方で、世界文化と互いにつながる融合的な特徴を表している
と思います。ある意味では、記紀神話というのは、日本文化を知る出発点
だろうと言えるかもしれません。
日本神話の研究については、日本の先生たちの業績がもうたくさんあ
ります。ここでは、ただ、中国人の学者の立場から、私なりの考えを話し
ます。
ここでは、私なりの考えを明らかにするため、全部の内容を七つの問
題に分けて話しておきたいと思います。
第一の問題は、創世神話の類型についてです。
ここでいった「創世神話」とは、つまり日本古代史での「国生み神話」と
いう意味になるでしょう。一般的に言って、神話の発展段階から考察す
れば、世界における創世神話は、大きく二つの段階に分けることが出来
ると思われます。
[1 ]
それは、「独神」(ひとりかみ)、つまり独身の神の神話と「配偶者を持つ
神」の神話です。いわゆる「独神の神話」ですが、これは、世界の万物は一
人の神によって作られたということで、もっとも原始的な神話だと言う
ことができます。たとえば、ギリシャの神話にはPrometheus (プロメテ
ウス)神話、エジプトの神話には蓮の花の神話、つまりLa (ラー)という神
の神話、中国の$神話には盤古(B如gfi)の神話や女媧(Niiw幻神話、日本の
神話には迦具土の神の神話やイザナキの「禊ぎ祓ひ」の神話などがありま
す。
これらの神話は、皆、独神の神話と言うことができます。こうしたそれ
ぞれの神話は、世界の創世という形態を取っておりますが、いずれも、一
人の神のそれ自身の活動、あるいは、自身の分裂、もしくは、分身という
形を取っており、sex(セックス)の活動といったようなprocess(プロセ
ス)を見ることはできません。これが、独神の神話の特徴で、神話形態の
もっとも古い形態です。
次は、創世の神話における第二の創世の形態です。つまり「配偶者をも
つ神」の神話です。略称で「配偶者の神話」と言います。これは、世界の万
物の創世は、すべて、男女のセックスによって、生まれて来るという形態
です。このことは、人類の意識が大きく進歩したことを示しています。こ
こに至っての「性の営み」は、すでに、「生殖」であるということを、人類が
意識したことを意味しています。つまり「生殖」イコール「創造」という意
味を理解していたと言うことができます。ところが、「生殖」に対する人
類の認識には、非常に長い時間が掛かっております。ですから、「配偶者
の神話」には異なった内容があります。一般的に言って、「配偶者の神話」
というものも、その内容については、さらに二つの形に分けることが出
来ます。
まず、第一の形ですが、ここでは、神話の中に現われて来る男神と女神
は、親とその子とも、つまり母親とその息子、あるいは、父親とその娘で
す。たとえば、ギリシャの神話には、Erebus (エレプス)の神話がありま
す。
Erebus (エレプス)は、父親のChoas (チャス)を追い出して、母親を
取って妻にしました。その結果、母親は、一個の卵を生むわけですが、そ
2 ]
の卵が成長してEros(エロス)という神になります。この神話が示す内容
は、人類に雑婚の時代があったということです。
第二の形ですが、ここでは、神話の中に現われる男神と女神は、兄弟姉
妹です。一般的に言って、兄が妹をめとって、兄妹が夫婦になります。神
話にあるこういう内容は、ちょうど人類における血族群婚制を示してい
ます。東アジアに現在も残されている創世神話の中には、ギリシャの
Erebus (エレプス)のような神話は、ほとんどありません。まだ、血族群
婿の神話が比較的に多くあります。
中国とか、日本とか、朝鮮とか、いず
れも同じです。日本における創世神話は、典型的な兄妹の間による結婚
の神話であります。この神話は、二人の神が、この大地に現われることか
ら始まります。その二人の神様は、天つ神の第七世のイザナキの命とイ
ザナミの命ですが、彼らは、もとは、無性の神ですが、大地に降りてか
ら、「性」を持って神様になります。そして、一人の神様は兄になって、も
う一人の神様は妹になります。
第二の問題は、二神の創世神話のあらすじについてです。
この二神創世の神話は、『古事記』『日本書紀』両書に見られます。二つ
の文献の成立には異同があるものの、ともに二神創世の話を日本創造の
最初としています。『古事記』上巻の文は、つぎのとおりです。
「(イザナキとイザナミは)其の島(淤能碁呂島)に天降り坐して、天
の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき。是に其の妹イザナミ命
に問曰ひたまはく、『汝が身は如何か成れる』ととひたまへば、『吾が
身は、成り成りて成り合はざる処一処あり』と答白へたまひき。爾に
イザナキ命詔りたまはく、『我が身は、成り成りて成り余れる処一処
あり。故、此の吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はざ
る処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為ふ。生むこと奈何』との
りたまへば、イザナミ命、『然善けむ』と答曰へたまひき。爾にイザナ
キ命詔りたまひしく、『然らば吾と汝と是の天の御柱を行き廻り逢ひ
て、美斗能麻具波比(ミトノマグハヒ)為む(つまりセックスをす
る)』とのりたまひき。
如此期りて、乃ち、『汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ』と
[3 ]
詔りたまひ、約り竟へて廻る時、イザナミ命、先に『阿那邇夜志愛、袁
登古袁(アナニヤシエ、オトコヲ!)』と言い、後にイザナキ命、『阿那
邇夜志愛、袁登売袁(アナニヤシエ、オトメヲ!)』と言ひ、各言ひ竟へ
し後、其の妹に告曰げたまひしく、『女人先に言へるは良からず』と
つげたまひき。然れども久美度邇(クミドニ)興して(つまりセックス
を始めて)生める子は、姪子。此の子は葦船に入れて流し去てき……
是に二柱の神、議りて云ひけらく、『今吾が生める子良からず。猶天
つ神の御所に白すべし』といひて、即ち共に参上りて、天つ神の命を
請ひき。爾に天つ神の命を以ちて、布斗麻邇爾(フトマニニ)卜相ひ
て、詔りたまひしく、『女先に言へるに因りて良からず。亦還り降り
て改め言へ』とのりたまひき。故爾に返り降りて、更に其の天の御柱
を先の如く往き廻りき。是にイザナキ命、先に『阿那邇夜志愛、袁登
売袁』と言ひ、後に妹イザナミ命、『阿那邇夜志愛袁登古袁』と言ひ
き。如此言ひ竟へて御合して、生める子は、淡道之穂之狭別島。次に
伊豫之二名島を生みき。…… (あわせて八島を生み)故、此の八島を
先に生めるに因りて、大八島国と謂ふ。」
(『日本古典文学大系第一 •古事記』、岩波書店刊、昭和四十六年版)
これは、大変生彩あふれる神話だと思います。この神話には、活発で緊
張感あふれる雰囲気がみちています。これは、情熱的で、直接に訴える古
代神話の特徴を表しています。古代日本文化のもっている美意識の最初
を表しています。私は、かって、日本の大学で、この神話を教えたことが
あります。大学生は、厳かで、趣がある、美しいものとして二神の「創世の
形態」を評価しました。しかし、同様な神話を幾つかの中国の作家たちに
話したことがありますが、彼らは、こういう表現の形態が、想像もできま
せんでした。不思議ですが、理解もできないということです。聞いた神話
は同じでも、それぞれの感銘は異なりました。これは、日本人と中国人の
間に美意識の違いがあるからでしよう。実際、このような美意識から現
われているものは、ある重要的な観念です。これは、「性の意識」について
の観念です。
では、ひきつづいて、第三の問題をお話しします。
第三の問題は、二神
[4 ]
の創世神話における「性の意識」についてです。この神話の中に現われて
くる「性の意識」は、大いに注目されています。これは、古代日本民族にと
って、「性の意識」の目覚めの最初と言うことができます。
「性」は、人類の生命の起源であります。また、人類の生命の自然の本質
でもあります。人類が万物を認識していった過程は、一般的に言って、
「性」の認識、つまり「性」への感覚の認識から始まっております。
そして、
人類の「美意識」と呼ばれる認識も、この「性」への認識から始まっていく
と言えます。Christo (キリスト)教の立場から言って、「性」というのは、
至高の「主」、唯一無二である神、つまりGodに共通する人類の属性です。
「聖書」で暗示していますように、『旧約全書』の『創世紀』の作者は、神、つ
まりGodに共通する人類の属性、つまり人類に生殖力があり、人類自身、
自分の力で、人類を創造することができるものと見抜いていたようであ
ります。
記紀神話における二神の創世の神話の中に現われてくる最初の「性の
意識」は、「性の営み」、つまり「sex」イコール「創造力」を際立った特徴と
しています。
男神のイザナキは、「吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合
はざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為ふ」と言っているよう
に、たしかに、男神は女神にsexを求めました。しかし、この要求も目的
は、通常の人間の性欲ではなくて、万物の創造にあります。この意義で
は、日本神話の中に表われて来る最初の「性の意識」は、『旧約全書』の『創
世紀』の観念と、ほとんど一致しているといえます。これは、世界文化と
の共通性をもつ日本文化の最初の特徴を示しているのではないでしょう
か。
では、神話におけるこのような「性の意識」、つまり「最初の創造の意
識」は、いかに実現されたのでしょうか。これは、二神の創世の形態と関
わらなければならないと思います。そこで、ひきつづいて、第四の問題を
お話しします。
第四の問題は、二神の創世の形態における「三要素」についてです。二
神がsexによって、国土を創造する時には、それなりの順序、process(プ
ロセス)というものがあります。いわゆる「創世の形態」とは、つまり二神
[5 ]
の「国土の創造」の順序、processという意味です。イザナキとイザナミ
の「国土創造」のprocessは、三つの部分で構成されると思います。私は
これらを「二神創世の三要素」と呼びます。次に、それらを少々説明しよう
と思います。
Aは、二神創世の第一の要素についてです。
二神が大地に降臨すると、「天の御柱を見立て」と^)るように、最初に
「天の御柱」を見立てます。ここで指摘しなければならないのは、この「天
の御柱」というのは、男神と女神が結婚を行なう上で、もっとも重要で、
しかも、唯一の道具であるということです。
現在でも、日本の長野県の諷
訪市と諷訪郡には、「御柱祭り」があります。これは、六年目ごとに行われ
る祭りです。この祭りの主な行事には、16本の樅の大きな木の伐採があ
り、すなわち、これらが、御柱(おんばしら)です。その他には、御柱の山
出し、御柱の見立て、火入式、建て御柱などがあります。
この祭りは、二神の創世神話から発展して変化して、次第に形成され
た民間風俗だと思います。いわゆる「御柱」(オンバシラ)、つまり二神の
神話の中に現れる「天の御柱」(天ノミハシラ)というSymbol(シンボル)
です。
Bは、二神創世の第二の要素についてです。
男神のイザナキは女神のイザナミにsexを求め、そのことによって、国
土を生むと言っています。これに対して、女神は、この求めに応じたとい
ってます。そこで、イザナキの提案によって、二神は、「天の御柱」を廻る
わけです。ここで、指摘しなければならないのは、二神がこの「天の御柱」
をめぐって廻るということです、これは、二神結婚の唯一の具体的な形
態です。
Cは、二神創世の第三の要素についてです。
この要素は、第二の要素である「天の御柱」を廻るという形式をもと
に、男神と女神がそれぞれどちらの方向に廻るかという問題です。男神
のイザナキは、女神のイザナミに「なは右より巡り逢へ、あは左より巡り
逢はむ」と言いました。このきまりでは、女神は、右のほうから左側に巡
り、男神は、左の方から右側に廻っています。ここで、指摘しなければな
らないのは、sexを行なう前のprocessにおいて、女神の位置は右にな
[6 ]
り、男神の位置は、左にあるということです。しかし、この左と右の概念
は、現在で言う左と右の関係とは、まったく逆になっております。つまり
これは、古代中国の「八卦」(ハッケ)というものを基に、方向の確定を行
なっているということです。いまの京都市の配置は、やはり、中国の「八
卦」にある地理概念を伝承しつづけています。たとえば、京都市の東側を
「左京区」といって、つまり東が左です。京都市の西側を「右京区」といっ
て、つまり西が右です。これらの方向は、皆、古い中国の「八卦」に属して
いる概念と思います。もちろん、「八卦」のなかに現れる方向は、北斗七星
によって確認されています。
以上は、二神の創世の形態に現れる三要素でした。私なりの考えでは、
二神の創世の形態は、これらの要素が組み合わされたものです。
ところが、驚くことに、日本におけるこの創世神話にあるこのような
三要素が、ほとんど同様に、中国の神話にあります。では、ここで、引き
続いて、第五の問題をお話しします。
第五の問題は、中国における二神の
創世神話とその「三要素」についてです。
古代中国において、日本の『古事記』と『日本書紀』のような系統的な神
話の記録をとった書籍が形成されませんでした。中国の神話は、いろい
ろな文献の中に分散して、記録されているという形をとっています。そ
して、中国神話が記録されている古代文献の形成された年代は、それぞ
れ、たいへん異なっています。前後だいたい千六百年以上の時間が掛か
っています。
一般的に言えば、『古事記』と『日本書紀』が形成された八世
紀以前、中国の神話はすでに、長い道程をへて完成されているのです。
中国神話の保存は、表面から見ると、系統のない神話のように見えま
す。しかし、その神話が、形成されていく千六百年間の神話の文献などを
整理して見ますと、比較的に完成された、いくつかの神話のSystem(シ
ステム)を見ることができます。たとえば、盤 古 (BSngfi)の神話の
systemということです。この神話は、盤古という独り神の神話で、中国
の山岳の起源と食物の起源についての神話です。昆侖山(KUnl6nsh如)の
神話のsystemということです。この神話は、中国の人種の起源地の神話
です0
この中で、私の話題に密接に関係あるものは、「伏羲一女媧(Ftix卜Nuw
7 ]
豆)神話」のsystemです。この神話で、最も根本的な内容は、男神の伏羲と
女神の女媧の二人の神が、大地において、婚姻関係を結び、そうして、人
間を創り出していくというところにあります。伏羲と女媧という二人の
神様は、兄弟姉妹の関係でありますが、これは、「記紀神話」における二神
と同じです。これらは、皆、血族群婚制時代にあった神話です。
先ほど、
私が話したように、もともと、古代中国における「独り神」の神話では、女
媧は女性の神ではなくて、無性の神です。神話の発展にしたがって、この
「配偶者の神話」では、女媧という神は、無性の神から有性の神になって、
女性の神になりました。そして、男神の伏羲の妹になりました。
現在保存されている「伏羲と女媧の神話」の原典資料は、文献と文物を
合わせて、二十点に近いです。この中で、主な資料は、次の通りです。こ
れらの資料の中で、いくつかを選んでご紹介します。
① 一世紀の漢族の文献『淮南子』(高誘注):
「女媧、陰帝;佐伏羲治者」(女媧という神は、女性の神で、伏羲を助け
て、天下を治める神である)
② 一世紀の漢族の文献『風俗通義』
「女媧、伏羲之妹、禱神祇、置婚姻、合夫婦」(女媧は、伏羲の妹であ
り、彼女の職務は神の祭ごとを行い、天下の婚姻を支配し、夫婦の結
びつけを行なう)
③ 七世紀の漢族の文献『独異志』:
「昔者宇宙初辟之時、只有女媧兄妹二人、在昆侖山下、而天下未有人
民、議以為夫妻。」(遠い昔の、まだ宇宙ができたばかりのころ、世界
には、伏羲と女媧という兄弟だけしかいなくて、その二人は、昆侖山
のふもとに生活していた。その当時の世界には二人以外には誰もい
ないので、二人は相談して夫婦となりました。)
④ 一世紀の漢族の文物である「武梁祠石室の画像石」:
画像とは、つまり石の板の上に彫り込まれた図案です。「武梁祠石室
の画像石」には、伏羲と女媧の創世の状況を見ることができます。こ
の図案の、左側が男神である伏羲を表し、図案の上半身は人間です
が、下半身は蛇の形をしています。そして、右の方向に廻っていま
[8 ]
す。図案の右側は、女神の女媧を現わし、その上半身は同じく、人間
ですが、下半身は、蛇の形をしています。そして、女媧のほうは、左
の方向に廻っています。これと同様の像画石は、中国の宝子山や南
陽などからも発現されております。
⑤中国の吐魯番(Tfilii枝n) •カラホージャで発掘された“ 伏羲と女媧の
神話” の帛画です。これは、1912年、日本の大谷氏第三回の西域探険
隊のメンバーの吉川小一郎が、中国の吐魯番•カラホージャの古墳群
を発掘して発見した死者の棺覆いに用いられた帛画です。東側は、
蛇身人首ので伏羲、西側は同じ形の女媧です。上下に日月、周囲には
星辰を配列しています。この帛画は、いま、日本の龍谷大学にありま
す。
⑥中国の苗族の古文献の『盤王書•葫蘆嘵 歌』(PSnwdngshii • Huluxiao
ge)には、つぎの記載があります:
「天は大雨を降らし、人は誰もいなくなってしまって、ただ、伏羲と
女媧の兄弟二人だけになってしまいました。伏羲は女媧と夫婦にな
ることを欲しますが、女媧は兄弟であるため、夫婦になるのを望み
ません。しかし、伏羲の求めを断ることもできず困りました。そこ
で、一案をこうじて、伏羲にこう言います『もし、あなたが私に追い
つくことが出来たら、夫婦になりましょう。』そういい終わると、女
媧は大きな木の廻りを走り出し、伏羲はそれを追いかけます。
しか し、伏羲はどうしても女媧に追いつくことができません。そこで、伏
羲も一案をこうじて、廻っていた方向に逆に走り、女媧を前から捕
え、女媧は伏羲の胸に抱えられます。」これは、中国の苗族の創世神
話です。苗族は、中国における少数民族の一つです。彼らは居住区域
を申し上げますと、中国の湖南省、貴州省、広西省、それから雲南省
などに広がっています。創世神話の内容を考察すると、苗族のほか
に中国の瑤族と彝族及び壯族の神話に「伏羲と女媧の神話」もありま
す。これらの神話のあらすじも苗族の神話とまったく同じです。
以上は、中国における「伏羲と女蝸の創世神話」についての主な資料で
した。これらの資料から次のように創世の要素を整理しました。
[9 ]
ます。この花の山が、昔昔の「伏羲と女媧の創世神話」にあった「大きな
木」から変化してきたものだということは疑いないと思います。ですか
ら、“大きな木” とか、「花の山」とか、これらは、イザナキとイザナミとい
う二人の神様の創世神話にあった「天の御柱」とか、「国の柱」とかと同じ
で、中国の「伏羲と女媧の創世神話」でも、創世の第一の要素となってい
ます。
第二は、中国における「伏羲と女媧の創世神話」のもつ創世の第二の要
素は、伏羲と女媧の結婚の際、「大きな木」を巡って廻り、男神が女神を追
いかけるという場面が、その後の民俗の中にも伝わって保存され、それ
が、いまでも若い男女が「花の山」の廻りを廻りながら、歌い踊って、それ
ぞれの情愛を表す風俗になっているということです。漢民族の石像画の
中には、男神が女神を追いかけるという場面がありませんが、けれども、
二神の蛇の尾が「ヒネッテアウ」という場面があります。文化学の視角か
ら考察しますと、その意義も同じだとおもいます。
第三に、「伏羲と女媧の創世神話」がもつ創世の第三の要素は、紀元一
世紀頃の漢民族の石像画を見ますと、男神と女神という二つの神様は、
自分自身の蛇の尾をひねっている「方位」、つまり廻っている方向は、男
神が、蛇の尾を左のほうから右の方向へひねって、女神が、蛇の尾を右の
ほうから左の方向へひねっているということです。この神話でも、創世
についての「方位」は、イザナキとイザナミの「方位」と一致しています。
以上は、中国の「伏羲と女媧の創世神話」がもつ創世の三要素です。こ
れは、日本の二神の創世神話の中に現れる三要素とほとんど一致してお
ります。
この意味から言えば、イザナキとイザナミの創世の形態は、中国
の「伏羲と女媧の神話」に表現された形態にとても近いと言うことができ
ます。もちろん、逆に言えば、伏羲と女媧の創世の形態は、日本のイザナ
キとイザナミの神話に表現された形態にとても近いと言えます。
では、日本の神話と中国の神話の間には、いったい、どんな関係がある
のでしょうか。しかし、この問題に答える前に、もう一つの問題に答えな
ければならないかもしれません。これは、中日の神話の中に現れている
似通った創世の形態は、いったい、どんな意義を持っているかという問
題です。
ここで、引き続いて、第六の問題をお話します。この問題は、文
[11]
化学における創世の三要素の意羲についてです。中日の神話の中に現れ
ている似通った創世の三要素は、文化学において、いったい、どんな意味
を持っているか。ここで、それを少々説明しようと思います。
(A)まず「天の御柱」とか、「国中の柱」とか、「大きな木」とか、「高い花
の塔」などについてお話しします。
人類の神話は、象徴つまりsymbol(シンボル)の蓄積であると言うこ
とができます。そして、またその象徴は、実物形態を符号化したもの、つ
まりこれを反対から言いますと、その符号は実物形態を代表しているも
のであると言うことができます。日本のイザナギとイザナミの神話にお
ける「天の御柱」と「国中の柱」、あるいは、中国の伏義•女鍋の神話におけ’
る「大きな木」と「高い花の塔」などは、いずれも一種のsymbolでありま
す。中西進教授がすでに何回となくご指摘されているように、これは「生
命の木」です。そして、世界の普遍性をもっています。この見方は、まった
く正しいと思います。「生命の木」そのものは、あるsymbolです。さらに
押しすすめて、その象微的な意味を考察して見ますと、この「生命の木」
は「性」のsymbolであります。言い換えますと、それは、男性の生殖器で
ある実物形態を符号化したものであると言うことができます。
人類の認識には、それなりの発展の過程があることは言うまでもあり
ません。もっとも古い原始の時代、人類は自身の生殖能力は女性にある
ものと考えておりました。その時代の神話は、人類は一人の身体から分
裂、あるいは、その身体が小さく分かれて形成されたものであるという
ように表現されております。これらは、皆、女性の「産児」のsymbolで
す。しかし、人類の認識が進歩することによって、男子との性の関係を通
さず、女子だけでは子供を生むことは、不可能であることがわかるよう
になっていきます。そうして、今度は、逆に男子が新しい生命を創造する
根本であるというように考えるようになっていきました。紀元前五世紀
頃、ギリシャの有名な哲学者Anaxagoras (アナクサゴラス)は、萬物の
根元はsperma (スペルマ)である、つまり「種子」であるという学説を立
てます。この学説では、人は完全に男子の「種子」によって創造されるも
のであって、女子は、その創造の場所を提供しうるだけにすぎないもの
であると言っています。このことから、ギリシャのAnaxagorasは当時
[12]
において万物はすべて「種子」によってつくられていたと考えていたこと
がわかります。
そうして、無性生殖の神話時代から、男子による「種子」の時代へと人
類の認識が移り変りました。このことによって、男子の生殖器は「人」を
創造する権威的力として象徴されるようになっていき、かつ、それは、す
ベてを創造するものである、生命の起源であるというように象徴されて
いきます。
こうした意義を踏まえながら、日中両国の神話の中に現れる
「天の御柱」とか、「国中の柱」とか、「大きな木」とか、「高い花の塔」など
を見ていきますと、ここにも、そうしたsymbolを見ることができます。
それは、本質的には男子の生殖器の崇拝という形で表現され、そこには
「生命はここより始まる」という深い意義が示されていたことではないか
と思うわけであります。いまでも、東京の京橋に「親柱」と呼ばれる石柱
が保存されています。考古学では、このような「親柱」を「陶祖」と呼びま
す。いわゆる「陶祖」とは、つまりKaolin (カオリン)あるいは石でつくら
れた人類のオヤという意味です。ここで、オヤとは、明らかに男子の生殖
器のsymbolという意味です。これらの造形はヨーロッパとかアジアと
かではたくさんあります。
1994年の八月、私は愛知県にある県神社を訪
問したことがあります。この神社には男子の生殖器の造形がたくさん保
存されています。これは男子の生命力への崇拝という日本民族の心理状
態を示しているということが言えます。そうした心理の物的表現です。
これらの資料との比較を考え合わせると、日本と中国の神話における
第一の要素、つまり「天の御柱」とか「大きな木」など、そこに含まれてい
る意義も自然理解できてくるのではないかと思います。いわゆる男神と
女神の結婚の道具というものは、「生命の力」のシンボルの表示であり、
「生命の力」の物的表現であるということができます。
では、次はsymbolである「柱」などをめぐって廻るということについ
てお話ししましょう。つまり(B)第二の創世の要素についてです。
日中両国の神話には、いずれも男神と女神が結婚する際、symbolをめ
ぐって廻るという形をとっております。これは、廻るという行為そのも
のもある種の象徴的意義をもっていることを現しております。このこと
は、中国の紀元一世紀頃の石画像を見ていただければおわかりになると
[1 3]
思います。中国の武梁嗣の画像石とか宝子山の画像石とか、それから吐
魯蕃•カラホージャの帛画などの図案には、いずれも共通したものを、そ
こに見ることができます。つまりそれらの図案の男神の下半身の部分
は、左から右のほうへ、女神のほうは、逆に右から左のほうへ、相互に「ひ
ねる」ような形で描かれているということです。こうした「ひねった」よう
な形態の中に、「廻る」というほんとうの意義が含まれております。いわ
ゆる「ひねった」形態というのは、その相互の下半身がひとつ、一体にな
っていることを表し、そうした形態を通して生命が創られることをあら
わしております。これは創世神話の法則にかなった形態であると言うこ
とができます。
もちろん、「廻る」という形態は、そのほかにも、愉快な情緒、あるいは
うれしい気持ちをあらわしているということも言えます。今でも、映画
の中で、男女が恋愛関係にあることを、女性が先に駆け、それを男性が追
いかけて戯れているといった場面で表しますが、これも古代神話が残し
た潜在意識の表れかもしれません。
第三として、(C)男神が左側で、女神が右側という「位置」の問題につい
てお話ししましよう。つまり創世の第三の要素についてのことです。こ
れは、生命の創造についての男神と女神の体位を現したものであると言
うことができます。では、こういう体位は、いったいどんな意味を持って
いるでしようか。
六世紀頃、つまり『古事記』と『日本書紀』が書かれる二世紀前、中国の
六朝時代になりますが、『洞玄子』という不老不死に関する道教の著作が
書かれています。『洞玄子』は女性と特定のセックスを通して、不老不死
という目標を実現させることを主張したものであります。ですから、こ
の著作をpornography (ポルノグラフィ)とか、好色文学とか称してい
る学者もいます。
現在、『洞玄子』のもっとも完全なテキストは、中国には
なくて、かえって、日本にあります。十世紀頃、日本の丹波康頼によって
編纂されている『医心方』の中にこのテキストが保存されています。この
著作は、男女の「性の営み」における位置、つまり体位の問題にふれてお
ります。
[14]
1、 「凡初交会之時、男坐女左、女坐男右。」
(およそ初夜の時、男は女の左側にすわるべく、女は男の右側にす
わるべし。)
2、 「男左輔而女右廻、男下衝、女上接。」
(男は左のほうから廻り、女は右のほうからまわるべし。男は下へ
突き、女は上をむいて受くべし。)
3、 「以此会合、乃謂天平地成矣。」
(しかれば、天平地成る。)
「天平地成」とは、つまり天下大安という意味です。このことばの原典
は、中国のもっとも古い文献『尚書』の中にあります。原文は「地平天成」
です。この『洞玄子』の記載を日本の「二神の創世神話」とか、中国の「伏義
と女禍の神話」などと比較して見ますと、この体位について完全一致して
います。これはとてもおもしろいと思います。
では、男女のセックスの体位について、『洞玄子』という著作は、どうし
てこのようなきまりを書いたのでしようか。もとは、これは古代中国人
における天体運動の概念とかかわっていると思います。古代中国人は北
斗七星を中心にして、天体運動の方向を決めました。
北は下で、南が上、
そして東が左で、西は右でした。いわゆる「八卦」の方位は、このようにし
て決められました。古代中国人は、太陽は東のほうから西のほうへ、つま
り左のほうから右のほうに動いているというように考えておりました。
そして、夜になって、沈んだ太陽は、その夜のうちに地下の土の下を通っ
て、また東のほうへと運ばれていくものと考えておりました。
こうした
天体運動をもとにして、「天」は左のほうから右のほうへ、「地」は右のほ
うから左のほうへというような概念が生れてきたものと思われます。こ
れは『洞玄子』に記載される「天左轉而地右廻」(天は左のほうから廻って
地は右のほうから廻る)ということです。そうすれば、「春夏謝而秋冬襲」
(春と夏がすぎて秋と冬が来る)。つまりそうすれば、一年中に四つの季
節があり、四季の変化も順調なのです。こうしたことを考え合わせます
と、男神が左のほうから右のほうへと廻ったということは、いわゆる
「天」というものが東のほうから西のほうへ移動するという運動概念と一
[1 5]
致し、また、女神が右のほうから左のほうへと廻ったということも、地下
を通って西のほうから東のほうへと移動する運動概念と一致しているこ
とがわかります。こうした概念の中に示されている男性とは、言うまで
もなく、「天」であり、女性とは「地」であります。「天」は「上」ということ
になり、「地」は「下」ということになります。これは、男尊女卑の観念でし
上う。
4、 「男唱而女和、上為而下従。」
)男がとなえ、女が同調すべし。上の者が行い、下の者が従うベ
し。*
5、 「此物之常理也。」
)これは、萬物の常理なり。)
実際、このような文字の中に現れているのは、注目すべき倫理学の範
疇です。この範疇は、明らかに東アジア文化に属しているものだろうと
思います。驚くことに、人文的な観点から見れば、日本の二神の創世神話
には、このような男尊女卑という倫理的なイデオロギーがすくなからず
隠されていると思います。この文化現象と言うと、これは古代中国文化
と密接にかかわっていると思います。
第七の問題は、二神の創世神話における倫理学の観念及び古代中国文
化とのかかわりについてです。先に挙げた二神の「体位」のほかに、ここ
で、この神話の中の二神による世界創造の時の挿話、つまりepisode )エ
ピソード)を見ることにしましよう。
男神と女神が「天の御柱」をめぐって廻るという場面ですが、ともすれ
ば、見過ごしそうになるところです。女神のイザナミは、先に「あなにや
しえ、をとこを」と言い、あとで、男神のイザナギは「あなにやしえ、をと
めを」と言いました。こうして、二神は夫婦となりますが、その後、イザナ
ミは「姪児」という奇形児を生みます。二神は困りはてて、このことにつ
いて天つ神に教えを乞います。天つ神は、「女の先に言へるに因りて良か
らず、また還り降りて改め言へ」と言います。そうして、二神は再び戻っ
て、今度は、男神が先に唱えると次に女神が言います。こうして、正常な
[16]
分娩が行われ、日本の国土を創造しました。
このepisodeにはたいへん重要な一つの観念が示されていると言うこ
とができます。つまりそれは、人間の本能が働くとき、女性の愛欲という
ものが、先に働くならば、必ずそれは失敗をもたらすだろうということ
です。逆に、男性の愛欲が女性に先んじて働き、女性がそれに付随する、
あるいは、呼応するという形をとってのみ、生命の創造は、はじめて順調
に行われるということを示しています。ここで現れている観点は、先ほ
ど話した二神の体位と同じで、厳格な社会倫理学の範疇に含まれ、厳格
なmoral (モラル)の問題にもつながっていきます。つまり世界の万物
は、男性が先に言いだし、女性がそれに従うという法則によってのみ、は
じめて社会の維持が正常に行われるのだということを表しているという
ようにも言えます。言うまでもなく、このことは、「男性中心集権」という
ものを表しています。
一般的に言って、いかなる観念もすベて一定の社会的関係と経済的関
係とを反映しています。日本の創世神話に現れている「男性中心集権」と
いう観念を考察していきますと、日本の当時の社会的関係を直接に反映
したものと見なすことはできないと思います。私の手元にあるいくつか
の資料でこの問題を説明できるかもしれません。
第一は、三世紀の中国の文献の『三国志•魏志•倭人伝』です。これは、全
世界における古代日本の原始的な国家についての記録の最初です。この
『倭人伝』によって、当時の日本列島におけるもっとも発達した国家は、
「やまと」ですが、しかし、その時、その国家を支配していた最高のトップ
は、女性でした。この女王の名前は「卑弥呼」(ひめこ)でした。このこと
は、当時、日本社会がまた、女性権力の時代にあったことを証明していま
す。
第二は、『万葉集』にある性の風俗についての資料です。たとえば、『万
葉集』巻九には「耀歌会」という長歌があります。この和歌は、生彩と情熱
あふれる雰囲気にみちています。この和歌がつぎのとおりです。
「鷲の住む筑波の山の裳羽服律のその津の上に率ひて未通女
壮士の行き集ひかがふ耀歌に人妻に吾も交はらむあが妻に
[17 ]
他 も 言 問 へ こ の 山 を 領 く 神 の 昔 よ り 禁 め ぬ 行 事 ぞ 今 日 の み
はめぐしもな見そ言も普むな」
これらの耀歌会を考察すれば、すくなくとも、七、八世紀頃まで、日本
の民間では性に関する自由度がかなり高かったようです。
第三は、『源氏物語』に保存されている日本の中古時代における婚姻形
態についての資料です。『源氏物語』から見れば、十一世紀頃に至っても、
日本社会に、まだ「不落夫家」という婚姻形態が存在しました。いわゆる
「不落夫家」というのは、結婚しても、女性がやはり男性の家に住まない
ことです。男性にしても、女性にしても、自由に「性」を営んでいました。
これは、対偶婚制の遺物の一つです。また、完成された一夫一婦婚制と言
えません。中国における若干の少数民族の中には、四十年前頃まで、この
ような婚姻形態がずっと存在していました。
第四は、現在でも、日本の民間には、やはり残されている「姫の宝」など
への崇拝の心理です。私は、愛知県の田県神社を訪問したことがありま
す。この神社には現在保存されているもっとも一番なものが、「姫の宝」
です。この「姫の宝」が、つまりよく似せて作られた女性の生殖器の模型
です。これは、無事出産とか、家内安全とか、招財進賓などの作用をもつ
そうです。ほかに、熊野に有名な「花の唐」があります。熊野の古来の神名
は「牟須美」(むすめ)といわれるようです。「牟須美」(むすめ)とは、つま
り女神という意味です。この「花の窟」は、まさにこの女神の女陰の
symbolと言われています。地元の人びとは、古代以来、ずっとこの
symbolに祭礼の儀式を行っています。現在に至っても、なお保存されて
いるこれらの模型とsymbolは、日本の民間にずっと女陰、つまり女性へ
の潜在的な崇拝心理が存在していることを説明しています。
以上の資料から綜合的に考察すれば、六世紀から八世紀にかけての日
本社会では、女性の愛欲というものを否定した倫理観念はないと思いま
す。かえって、中国の社会では、このようなsymbolと模型などを見る可
能性は、絶対にないと思います。古代中国では、紀元前五世紀から、とく
に孔子をトップとした儒学が形成されて以来、女性に圧迫をくわえるこ
とは、封建時代における社会倫理学の主な内容のひとつになりました。
[18]
紀元前三世紀頃、中国社会は統一国家が形成され、封建制度は大きな発
展をとげており、すでに「父権」制度は、中国社会における重要なイデオ
ロギーの形態をとっております。そして、一世紀頃に書かれている『関尹
子』という著作に、初めて「夫唱婦随」(主人が唱え、家内がそれに従うベ
し)ということが明確に述べられます。これは、中国社会における男子と
女子の関係の基本原則となります。
ところが、驚くことに、日本の二神の神話の中には、つぎの文字があり
ます。 A男神のイザナギと女神のイザナミは、天の御柱をめぐって廻る
際、イザナギはイザナミに「女先に言える良から.ず」と言いまし
た。
Bそれから、二神は、天つ神に教えを乞いました。天つ神は「女先に言え
る因りて良からず」と言いました。
これらの対話に、私たちは中国封建時代から来た声を聞くようです。
男神のイザナギとこの天つ神に表された観念は、まったく中国の「夫権」
制度に属するイデオロギーです。彼らの話したことは、実際、まさに中国
の『関尹子』の話したことです。これは、注目する値する文化現象です。
こ のことは、中国文化の要素が日本の神話に深く浸透したことを表してい
ます。そして、これらの要素が神話のplot (プロット)となって表れてい
ます。文化の影響で、もっとも深いものは、まさに観念の浸透だと言える
でしょう。
この視角から見れば、日本の二神の神話における創世の形態
に、中国文化の要素が融合されていたと言うことができます。ですから、
「記紀神話」の二神による世界創造の伝説は、日本の原始的な本来の神話
ではなくて、それは、「新神話」とか「変異体神話」であると言えるかもし
れません。いわゆる「新神話」、「変異体神話」とは、原始的な神話と違っ
て、多元の要素が合成された神話という意味です。その基本的な特徴は、
日本の本来の神話を母胎にして、さらに東アジア文化、おもに中国の文
化の流れを要素としてくわえ、それから、相互に融合して形成されてい
ったものと言うことができます。
これは、日本文化がもつ融合性です。この融合性は、日本神話の
systemにおける最初の二神の創世形態から始まっています。もちろん、
記紀神話の全体から考察すれば、このような融合性は、この二神の創世
[19]
神話にあるばかりではなく、記紀神話のいろいろな面に見られると思い
ます。たとえば、混沌に関する概念や、totem(トーテム)崇拝K関する心
理や、一人の神の創世に関する形態などがあります。そのほかに、このよ
うな融合性は、朝鮮半島の文化とのかかわりをもあらわしています。
〈付記〉
美しい京都は、日本人の心のふるさとです。私は、京都を訪問するごとに、
この町のもつ長い歴史の中でつちかわれた伝統と文化の豊かさに心から感
動しました。
19 89年には、佛教大学と吉田富夫先生のご好意によって、客員教授として
お邪魔しました。大学の中の濃厚な人文的精神は、私の研究に多くの教えと
啓示をあたえました。今後もまた、佛教大学から更に多く啓発されるものが
あればと思っております。
「記紀神話」の研究については、すでに多くの研究がなされ、また、多くの業
績があがっています。興味がございましたら、次の著作をご参考ください。
① 津田左右吉著『古事記及日本書紀の研究』(東京)岩波書店刊、1924年
版。
② 上山春平著『記紀神話の政治的背景』(東京)中央公論社刊、1975年版。
③ 広畑輔雄著『記紀神話の研究:その成立における中国思想の役割』(東
京)風間書房刊、1977年版。
④ 中西進著『古事記をよむ』(四巻)(東京)角川書店刊、 1985 —1986年
版。
第一巻『天つ神の世界』;
第二卷『天降った神々』
第三卷『大和の大王たち』;
第四卷『河内王家の伝承』
⑤ 中西進編『古代の祭式と思想:東アジアの中の日本』(東京)角川書店刊、
1991年版。
⑥ 中西進著『神話力:日本神話を創造するもの』(東京)桜楓社刊、1991年
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