社会科学系からの聖書の論理体系分析【139】

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【社会科学系からの聖書の論理体系分析】【139】


オーラの泉が4月からゴールデンに移行する。
スピリチュアルと宗教は、どう違うのか。
そういうことを気にしないで、
あの番組を見ている人は多い。
日本人は、信仰心はあるらしいが、
形而上理論というものに弱い。
形而上理論が弱いことの代わりに、
偶像崇拝がくることが多い。
心情と偶像崇拝。
この延長に、宗教というものがあるにすぎないことが多い。
日本の学校でも、宗教と哲学は、タブー視されているというか、
封印状態に近い。内面規範の問題は括弧にくくられたままだ。
養老孟司先生も、
「哲学と宗教」論議を意図的に学校は回避していると、
指摘する。それが、いかなる文脈においてであったかは、・・・。
ベネディクトが指摘した恥の文化とは、
日本人に外面規範しかないことを意味する。
つまり、基準が「世間様」になっているにすぎない。
だから、アメリカのWASPあたりから見ると、
日本人は、せいぜい、He is sicular.にしか見えない。
つまり、世俗的であるのが日本人だ、
というくらいにしか見てない。
こいつらには、超越的な価値意識はないんだから、
すこし、びびらせると、言うことをきいてくる、と。
もっとも、アメリカの保守主義者の世俗的な価値は、
「自由」を第一としている。超越的な価値は、「天国」だ。
結局、内面規範と外面規範の二重性を持っている者と、
そうでない者との戦いは、
どちらが優位かというと、歴然としている。
内面規範の源泉は、
ずばり、アメリカの保守主義者の場合は、聖書である。
世俗において絶対者は認めないが、
天国においては絶対者を認める。
そういう精神構造が見て取れないと、いつまでたっても、
日本は、世界の中で主導権はとれない。
おめでたいスピリチュアルでは、
キリスト教にどう対抗するのか、あるいは調和するのか、
そういう論点は出てこない。
さて、こんどの明治維新以来の第三次国際化の波は、
単なる技術的なものの移入ではない。
形而上理論と真っ向からぶつかることを意味していく。
洋魂とは、キリスト教の価値観のことである。
と、こんな感じの問題提起が、
鹿嶋春平太(肥田日出生)氏の問題提起かな。
もっとも、彼は、カトリックに入信しているとわたしは推定する。

ダ=ヴィーン∀!!
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