【日蓮宗の祈祷法、御祈祷経】
よく怪しい宗教でもしているんじゃないかと
邪推かんぐりをして警戒心を強固にされる
宗教無知ないし宗教音痴の方がおられるところ、
宗教的素養を身につけて行使するのに、
格別の信仰心がある場合と、ない場合とがあります。
よほど、
宗教というと、警戒されるのは、
宗教に対する極度のトラウマがあると解す
他ないようです。
たしかに、かんたんに、
信仰が凝り固まるとファナティックな
心情になるという歴史的事例は、
太古からあり、踊る人と、踊りを見る人に、
二分されるがごとく、
見るだけの人の場合は、する人は何か怖いものに
映るのでしょう、ね。
羹に懲りて膾を吹く。
まぁ、歴史的事例では、
ファナティックな宗派は、
日蓮宗系です、ね。
不思議と多い。
頭が一丁上がるのでしょうけど、
キチガイも集団になると威力を発揮しますから、
そのキチガイの弱点を探ることは、
それなりに必要なことがあります。
現代的な合理癖のある人は、
信仰に向かないにしても、
神学上の不条理性の構成具合など、
冷静にみることは可能になります。
キリスト教を擁護するトマス・アクィナスにしても、
実際、彼に信仰心があったのかというと、
こちらの推理では、神学論理遊戯に陶酔しているだけで、
ああいう神学理屈をこねくりまわす類は、
ちと、信仰とは違うものがあるワケです、ね。
一種の神学論理狂という心の癖があるようです。
さて、典型的なファナティック宗派である
日蓮宗を検討することは、
教相と事相の二つあるところ、
信者でない場合は、事相の検討から入ることになります。
つまり、呪文、祈祷、をどう使っているか、
これを検討するのが捷径になります。
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